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数学の勉強について - 徒然なるままに -


其の一

前の記事で、数学をやるには、論理も計算も暗記も必要だと書いた。
http://life-with-mathematics.hatenablog.com/entry/2017/05/02/202716

中学生や高校生が、自分が数学を理解できないのは計算ばかりやらされるからだとか、公式の暗記など意味がないとか、そういう間違った数学への感情をもってしまわないようにしてほしい。

数学をやる動機は、数学の美しさや、分かったときの喜びといった、感情にうったえかけるものに違いはないだろう。しかし、その美しさとかわかったとかいうことを味わうには、論理とか、計算とか、場合によってはとりあえず暗記して次に進むとか、そういうことが必要だと思う。

其の二

中学や高校で数学を教える立場の人が、数学を好きでないと、数学の楽しさを伝えることはできないだろう。ましてや、数学が嫌いな人から数学を教わることは不幸以外の何物でもない。

其の三

分からないことを分かるために勉強するのだが、何かが分かると、その過程で他の分からないことがでてくる。それを分かろうとすると、またその周辺に分からないことが現れる。勉強とは、分からないことが分かると同時に、分からないことが増えることでもある。だから、分からないからといって途中で諦めたり、やめてしまわないようにするのが大事である。前の記事
http://life-with-mathematics.hatenablog.com/entry/2017/04/28/134009
で書いた通り、分からないことは
自分の中の数学的自然を豊かにする種であると思って、じっくりあたためておくのがよいだろう。

其の四

具体的な勉強の方法であるが「教科書作成勉強法」とでもいうものがよいと思う。やりかたは、ノートを一冊買ってきて、自分だけの教科書をつくる。初めは、とりあえず教科書を写すことからはじめて、少しずつ自分なりの説明を加えたり、記述の順序を入れ換えたりして、自分がわかるための教科書をつくるのである。以下の記事も参考にしてほしい。

http://life-with-mathematics.hatenablog.com/entry/2017/04/18/162340

http://life-with-mathematics.hatenablog.com/entry/2017/03/30/125551

http://life-with-mathematics.hatenablog.com/entry/2017/04/19/185757

ときには、そうして作った「自分だけの教科書」をもとに、他の誰か(友達とか先生とか)に内容を説明したりして、本当に自分の考えたことが正しいか、自分はどこまでわかっているかを確認するようにすると、尚更良い。

注意することは、きれいに書こうとか、美しく仕上げようとか、そんなふうに思わないことである。理解の仕方は人それぞれであるから、自分が見て一番分かりやすく、あるいは、後で見たときにどのように自分が理解したかを思い出すことができるように書くことである。整理するのは自分の頭の中であって、ノートではない。最低限、あとから見たときに自分で読める程度に整理しておく必要はあるが、その程度で十分である。もちろん自分専用の教科書だから、同じことをわかったと思えるまで何回も書いてもよいし、同じ問題を何度もといて、何度やり直しをしてもよいし、問題を解くたびにつかった公式や定理が繰り返し書いてあってもよい。

 

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