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情報と民主主義(数学以外の話)

 

 裁判においては,検察は徹底的に被疑者にとって不利な証拠を揃え,罪状を確定し,遺族の処罰感情や社会的制裁いも含めてより重い刑罰を下すようにと訴える.

 弁護士は,徹底的に被疑者にとって有利な情報を揃え,検察の証拠を覆そうとする,あるいは罪状を認めた上で情状酌量を訴え,刑罰を軽くするようにと訴える.

 それぞれが「有罪 or 無罪」の天秤の両端にどんどんと重りを乗せていくイメージである.その天秤の釣り合いを観察するのが裁判官(あるいは裁判員)の役目であり,そのバランスを注意深く判断して,判決(=罪状と刑罰)を決める.

 

 

 議会制民主主義においては,行政府はその行政府が目指す国家のかたちを実現するために政策を訴え,それに賛同する政党や議員に投票するように有権者投票権を持つ者)に訴える.もちろん,そのために自分たちに有利な情報を有権者に向けて公表する.

 これに対抗するのはマスメディアであった(過去形).行政側(行政権を持つ者)が公表する情報や,国家運営のロジックに対して徹底的に批判的な立場をとる.時には行政が決して公表しない不利な情報:権力の濫用や賄賂といった犯罪を暴く.

 この場合は,行政とマスメディアがそれぞれ天秤の両側にどんどんと重りを積み上げていくイメージである(あるいは行政が斯くあるべきと考える国家のあり方に向かってアクセルを踏み,マスメディアがブレーキをかけるイメージ).

 その天秤(あるいはアクセルとブレーキ)の釣り合いを見て,有権者は(各自の信条に基づいて)バランスが取れていると思う政策を訴える政党や議員に投票する.

 

 ここで前提となるのは,マスメディアによる批判はもちろんだが,行政が公表した情報が正確に伝えられていることである.一部を切り取ったり,特に片方の側にとって不利になる映像だけを繰り返し放送するような行為は,一方の重りだけがどんどんと積み上がっているかのように有権者を錯覚させる.裁判で言えば,検察側,あるいは弁護側の一方だけの意見を聞いて判決を導くようなもので,とても公平とは言えない.

 

  現在はというと,マスメディアの”報道しない”という権力の濫用に対して,インターネットが歯止めをかけている状況にある.こうした状況を”ポピュリズム”だとか”民主主義って??”と訝しがる論説を一部では目にするが,そうではない.

 むしろ,行政側の公表した情報も,マスメディアの行政への批判的視座も,その両方を(インターネットによって)有権者が正しく知ることができる環境が整った,すなわち,民主主義が正しく機能する前提条件が整ったというのが正しい.

 実際,マスメディア側からの情報は,テレビでもラジオでもインターネットでも見られるし,行政側の主張は,内閣府やそれを支える与党の公式発表及び公式見解を(やはりインターネットで)見ることができる.

 こうした現状では,いかなる嘘や印象操作(発言の切り貼り,報道しない自由,発言の揚げ足とり,レッテル貼り,etc...)も意味がない.そんなことよりも,すべての情報をつまびらかにした上で,それらと科学的根拠とに基づき,「自分(たち)の主張が正しい」ということを論理的に訴えることができる者が有利である.

 そのためには  - 論理のなんたるかを身につけるには, 数学を学ぶのがよい.だから数学を勉強しよう.

 

 

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