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体罰

バレーボールをぶつける動画が「体罰か??」と話題になっている。こういうことがあると、自分に関係なくても胸がざわついてしまう(もちろんネガティブな意味で)。

あの少年はあんな練習で本当に上手くなるのだろうか、、、

心技体とは、体を鍛え、技を磨き、最後に心を整えるという意味だと誰かが書いていた。

体を鍛えて基礎体力を身に付け、技(技術)を身に付けた競技者が、最後に闘争心とか、諦めない心を身につけるためにやる練習ならよいのだろうが、そうでないとただの弱いものいじめにしか見えない。

昔、松岡修造さんと錦織圭さんのドキュメンタリーをみたことがある。松岡修造さんは怒鳴ったり、怒ったり(多分演技)していたが、テニスボールをぶつけたり、怪我をさせるようなことはさせていなかったと、今更ながら思い出して感心している。あれは、最後に闘うための心を身につけるための試練だったのだと。

最近、ライオンのグータッチというテレビ番組も好きで、時間が合えば見ている。やっぱり指導者も、技術指導のやり方はもちろん、モチベータとして心理学とか、あらゆることを勉強しないといけないと思うし、勉強しない指導者は淘汰されるだろうと思う。

数学者もごく一部の、研究だけやっていれば許されるスーパーな人は別として、教育のやり方を常に考えないとやっていけないだろう。冒頭のバレーボールの件は、また新たな反面教師として心に刻むことにしよう。

あっ 数学では、ボールをぶつけたり、吐くまで走ったりしないから安心してください。

むしろ、ちゃんと御飯を食べて、しっかり睡眠をとって、心も体も平穏な状態でないと、とても数学なんかできません。糖分も必要だから、ゼミ中のおやつも飲み物もO.K.です。

健康のために多少の運動は必要だろうから、各自気が向いたら散歩するとか、雨の日は部屋でちょこっと腕立て伏せするとか、そんなので十分です。

テレビCM

ブリヂストンecopiaのTVcm、やっぱり物理や数学系のブログで話題になってますね。

私が始めてみたときには、

ナビエ・ストークス方程式波動方程式黄金比と螺旋、ケプラーの法則

までしかわかりませんでした。

すこししらべたら、物理系のブログで説明されていました。最後のタイヤのシーンで出てくる方程式は、転がり摩擦と空気抵抗に関するものだそう。

YouTubeでも公式でみられるので、ぜひ


ブリヂストン ECOPIA ologic BMWi3編 CM」

で検索してください。

それにしても良くできてます。

ブログタイトル変更

ブログのタイトルを変更しました。1限目は、眠いし、2限目はお腹が空く。数学をやるには、午前中たっぷり寝て、お昼を食べてから、ゆったりやるくらいがちょうどいい。そんな気持ちでこのタイトルにしました。

 

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数学の勉強について - 徒然なるままに -


其の一

前の記事で、数学をやるには、論理も計算も暗記も必要だと書いた。
http://life-with-mathematics.hatenablog.com/entry/2017/05/02/202716

中学生や高校生が、自分が数学を理解できないのは計算ばかりやらされるからだとか、公式の暗記など意味がないとか、そういう間違った数学への感情をもってしまわないようにしてほしい。

数学をやる動機は、数学の美しさや、分かったときの喜びといった、感情にうったえかけるものに違いはないだろう。しかし、その美しさとかわかったとかいうことを味わうには、論理とか、計算とか、場合によってはとりあえず暗記して次に進むとか、そういうことが必要だと思う。

其の二

中学や高校で数学を教える立場の人が、数学を好きでないと、数学の楽しさを伝えることはできないだろう。ましてや、数学が嫌いな人から数学を教わることは不幸以外の何物でもない。

其の三

分からないことを分かるために勉強するのだが、何かが分かると、その過程で他の分からないことがでてくる。それを分かろうとすると、またその周辺に分からないことが現れる。勉強とは、分からないことが分かると同時に、分からないことが増えることでもある。だから、分からないからといって途中で諦めたり、やめてしまわないようにするのが大事である。前の記事
http://life-with-mathematics.hatenablog.com/entry/2017/04/28/134009
で書いた通り、分からないことは
自分の中の数学的自然を豊かにする種であると思って、じっくりあたためておくのがよいだろう。

其の四

具体的な勉強の方法であるが「教科書作成勉強法」とでもいうものがよいと思う。やりかたは、ノートを一冊買ってきて、自分だけの教科書をつくる。初めは、とりあえず教科書を写すことからはじめて、少しずつ自分なりの説明を加えたり、記述の順序を入れ換えたりして、自分がわかるための教科書をつくるのである。以下の記事も参考にしてほしい。

http://life-with-mathematics.hatenablog.com/entry/2017/04/18/162340

http://life-with-mathematics.hatenablog.com/entry/2017/03/30/125551

http://life-with-mathematics.hatenablog.com/entry/2017/04/19/185757

ときには、そうして作った「自分だけの教科書」をもとに、他の誰か(友達とか先生とか)に内容を説明したりして、本当に自分の考えたことが正しいか、自分はどこまでわかっているかを確認するようにすると、尚更良い。

注意することは、きれいに書こうとか、美しく仕上げようとか、そんなふうに思わないことである。理解の仕方は人それぞれであるから、自分が見て一番分かりやすく、あるいは、後で見たときにどのように自分が理解したかを思い出すことができるように書くことである。整理するのは自分の頭の中であって、ノートではない。最低限、あとから見たときに自分で読める程度に整理しておく必要はあるが、その程度で十分である。もちろん自分専用の教科書だから、同じことをわかったと思えるまで何回も書いてもよいし、同じ問題を何度もといて、何度やり直しをしてもよいし、問題を解くたびにつかった公式や定理が繰り返し書いてあってもよい。

 

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ビリーズブートキャンプ

○○しない数学(計算しない数学とか、暗記しない数学とか、論理のいらない数学とか、、)という言葉には、楽して痩せるとか、飲むだけで痩せるとか、食べても太らないとか、そういう謳い文句に近いいかがわしさを感じるのは私だけだろうか。

数学の啓蒙としてはよいし、専門的な内容に入る前に、何が問題で何が面白いのかを、あまりむつかしいこと(計算とか、論理とか、暗記とか)は抜きにして、こんなこともある、あんなことも面白いと紹介するにはそれでよいだろう。

しかし、いざ実際に数学的な結論を確かめたり、自分で数学をやってみようという場合には、基本的な公式や定理は暗記している必要があるし、計算力も論理も必要である。

ビリーズブートキャンプは、痩せるためには自分と戦って打ち勝たなければならないという、当たり前の事実を、実践的なメソッドとともに強烈なキャラクターでうったえて大ヒットした。

数学を啓蒙する場合にも、面白さや楽しさはもちろん、それに加えて、実際に数学を学ぶにはやっぱり論理も計算も公式の暗記も必要だよと伝えた方がよいと思うのだが。

 

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数学を学ぶ上で大事なこと

かつて名古屋グランパスエイトを率い、現在はアーセナルで指揮を執るアーセン・ベンゲル監督は、サッカーにおいて大事なことは何かという質問に、「サッカーにおいて、最も重要なのはバランスである。そして、それは人生においても同じである」と答えている。

数学も同じである。数学的な美を感じとる心、真理を探求したいという欲求、わかったという喜びを味わうことができる情緒、、、加えて、数学をおこなうための論理、実際に結論を確かめるための計算、、、

それだけでなく、えらい先生方が様々な書籍で述べられているたくさんの要素が、バランスよく均衡を保っていることが大事である。

人によって違いがあるとすれば、様々なことを身につける時期だろう。

幼少気に数学の面白さに魅了された人がそれから計算や論理を身につけるのか、学校教育の中でなんとなく身につけた計算や論理の力をもつ人がふとしたきっかけで数学の面白さに魅了されるのか。

人それぞれであるが、どの要素よりもどれが大事であるなどということはない。

すべてはバランスである。

追記

教育の観点からは、どの時期にどのような経験をするべきかということの優先順位はあるだろう。

幼少気には自然を相手に遊び、小学校低学年くらいでは基本的な四則演算を学び、専門教育(大学)の前に学んだことを生かして素早く正確に問題を解く訓練(受験数学)をする、といったことである。

何かと批判されることもある日本の数学教育だが、私は良くできていると思っている。

 

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数学をたのしむ

古典落語を楽しもうと思えば、噺を聞くだけでもよいが、噺の時代背景や前提となる人々の日常の営みを知っている方がより楽しむことができる。クラシック音楽を楽しもうと思えば、演奏を聞くだけでもよいが、その曲が作曲された時代背景や当時の状況、作曲家の生き様・死に様を知っている方がより楽しむことができる。

数学をたのしむには、直感に反する事実を知ったり、美しい幾何学模様を鑑賞するのもよいが、それらがいかにしてうみだされたかという数学的背景と、それに至る理論や計算過程を知っている方がより楽しむことができる。

直感に反する事実を不思議におもったり、美しい幾何学模様を美しいと思う、そういった心や情緒はその人を数学に向かわせる動機を生み出す原動力として必要かつ重要であるが、そこから先へは、やはり数学という言葉の作法 - 計算や論理 - を知らないと踏み込めない。

クラシック音楽の演奏を聴いてよしとするか、自分もやってみたいと思うかはひとそれぞれであるように、数学も人それぞれではあるが。

 

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